鎌倉史跡・寺社データベース

 

収玄寺

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しゅうげんじ


  長谷観音から江ノ島電鉄の長谷駅の方向に向かって歩くと収玄寺がある。日蓮宗で山号は四条山(しじょうさん)。本尊は釈迦如来および曼荼羅。他に日蓮上人像、四条金吾夫妻の像がある。この地はもともと四条金吾頼基の屋敷跡と伝えられる。四条頼基は、北条家の一門、江馬光時に仕える武士で、日蓮が松葉ヶ谷に草庵を結んだ早い時期から日蓮に帰依し、その信仰は厚く、竜ノ口の法難では、自を身代わりにと頼み込んだり、主人から領地を没収されたり、様々な迫害を受けても信仰を曲げずに、いっそう日蓮に従い、生涯に渡って日蓮を助けた人物とされる。その後、この屋敷跡には妙詣尼なる人によって収玄庵という庵が建てられたが、後に荒廃し文政年間(1818〜1830)に安国論寺の日勇によって再興され、大正十二年(1923)に光則寺の日慈によって寺として改められた。境内には「四条金吾邸址」の碑があるが、字は日露戦争時の連合艦隊司令長官東郷平八郎の筆。



本堂

撮影日:2011年2月22日

鎌倉市長谷2丁目
(鎌倉郡長谷村)


収玄寺の入口

「四條金吾邸址」の碑

本堂

本堂

本堂

境内


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位置


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参考文献

『鎌倉の寺』、かまくら春秋社、2001年
(ジャパンナレッジ版)『日本歴史地名大系』、平凡社

LOG DATA
2011/02/25 UP

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